昨日の朝の通勤時に地震に遭遇しました。
今となってはちょっと、備忘録に残しておきたいと思い書いてみました。
大阪の梅田周辺から北へ延びる新御堂筋を車での、通勤途中に唐突に来た地震。
通勤ルートの西天満から乗り、十三方面へ行く降り口を出ます。
右折しようとして、信号待ちをしていたら、少し揺れた。
最初は高架道路下なので、揺れてるのだと思い、カバンをゴソゴソ触っていたら、変な横揺れが始まった。
前の車が横に大きく揺れ始めたと思って、「地震や!」と気付いた。
一瞬怯んだのは、自分が地震に1番遭遇して欲しくないと思っている、高架下にいること。
「うわ!ここで地震はやめてくれ!」咄嗟に思って上を見ると、高架が左右に揺れていた。
地震でいつも不安になるのは、この地震は「どれくらい揺れ続けるのか?」ということが頭を過る。
まだ冷静さがあった。
ドアを開けて、車の外へ出るかどうか迷っていると右手に持ったiPhoneから、「ビューン、ビューンと地震です。地震です。」
「遅いがな」と思いつつ、緊急地震速報の音で、地震なんやと腹をくくる。
と、同時に「ドオーン」という大きな音と共に、一瞬車が沈んだのか、浮いた。
そこから一気に縦揺れが始まった。
ドアが開いていたのと、高架下の反響で凄い地鳴りを聞いた瞬間、身体がカッと熱くなった。
ドオーンという音と共に高架から溜まり水と、埃が大量に落ちて来た。
「え、え、ここで大地震?」
「ここで下敷き?」
「あかん、崩れる!」
「俺をここで殺す気か」
などが過るが、身体が動かない。
と思いながらもずっと高架の揺れを見続けてたら、揺れが止まった。
と、同時に信号。信号待ち中のこの状況を回避したいと右折の矢印が出た瞬間に右折して、高架下から出た。
ビルや駅の中からたくさんの人が出てきた。
この間、たったの信号待ち一回の時間です。
大きく揺れたのは、ほんの何十秒だったのかもしれません。
ただ地震が大きかったことはわかった。
車を走らせると何故か冷静に戻り、通勤を急いだ。
現場に着くとそのまま仕事に就いた。
こんなことしてていいのだろうか?
周りの通勤途中の人達はみんな電話やメールしてる。
そこで初めて家族に電話したり、情報を集めたりしました。
今回の地震で亡くなられた方も出ました。
いつどこで起こるかわからない地震。
今回はたまたま自分が1番遭遇して欲しくない場所の高架下で起こった。
阪神大震災の時の衝撃を受けた、阪神高速の倒壊が脳裏にあるからだと思います。
これが恐怖を増幅しました。
帰宅してからテレビを見ると、高速道路で走行中のトラックが跳ねてました。
ボルトナットで固めた鉄の塊の橋桁が、まるで羊羹のようにウネっていました。
「地震雷火事親父」と、昔の人は言いました。
ダントツで地震が怖いです。
あんなパワーの前では人はなす術も無い、無力さを思い知らされます。
今も余震が来ています。
「備えましょう」
と言われても、実際はいつどこでどんな状況で遭遇するのか、予知できません。
備えるのではなく、常に前向きに、潔く生きるということ。が、大切な気がした地震の1日でした。
今日も最後まで読んでいただきありがとうございます。
via PressSync